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ナレック小学校 活動終了

2013年3月7日(火)

 本日、ナレック小学校での活動が無事終了しました。この村に住んて約17か月、これまで日本では経験しなかった多くの出来事を通して、学校の価値観や教師としての喜びについを考えさせられるとともに、いかに相手に共感し、尊重していくことが難しくもあるが、それが面白いことかを実感することができました。

 ということで、今日は、先生と教育委員会、そして、児童とのお別れのバーシーを開いていただけました。

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 郡教育委員会から感謝状をいただきました。ラオスでは、写真右のような額縁に入れた証書(この形式のものが多い)をよく見かけます。かれこれ自分も3枚目かぁ~。素直に嬉しいです。
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 つづいて児童も交えてバーシー。児童代表の言葉もありましたが、結局ラオス語が堪能にならずに終わってしまったので、ん~十分理解できませんでしたが、これも素直に嬉しいものですね。体育館なんてないので、教室を使ってのバーシー。活動の日々が思い出されます。
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 そして先生方とのお別れ会。あたたかい学校の雰囲気に自分がどれだけ助けられたことか・・・ もっとラオス語を習得できていたら役に立てたのに・・・とこのとき強く思いました。
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 バーシーでは、近隣の方々も参加されることもあります。「はてこの人だれだっけ?」なんてこともありますが、来ていただけたことに感謝です。そして、夜は、特にお世話になった先生宅で夕食会をしていただけました。

 出会えたラオスの方々に感謝。先生方をはじめ、教育委員会の方々、大家さん、市場のお店の方、ボランティア団体、そして子どもたち。ゆったりとした時間の流れの中で、心穏やかに過ごすことができました。自分の人生において、大きな大きな2年間だったなぁと思います。

 もしも、信頼できる病院があって、車を所有できたら、あと10年は過ごしてもいいかなぁと思います。
 
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友人の活動終了のバーシーに参加

2013年3月6日(水)

一足早く教員養成短大で活動を終えた友人のバーシーに参加しました。ちなみにラオスは、中等教育を卒業した学生は3年間、高等教育を卒業した学生は2年間通うと先生になれるそうです。そういえば、教育実習生が自分の活動している小学校へ実習に来ていました。日本と同じようなシステムがあるんだと感心しました。

 さてさて、人生の折々の節目に行われるバーシー(バーシー・スー・クワン) ですが、今回は、同じサラワンに住む4人の日本人と参加。ラオスに来て何度か経験させてもらえたバーシーですが、今回は大学で開催と会って大きなバーシーでした。

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 近くでバーシーがあれば、誘われなくても参加することも珍しくありません。最初は健康と繁栄を祈る儀式があり、みんなで祈りを捧げます。

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 お決まりの「マット・ケーン」、手首に糸をまき合うことで、巻かれた人へ健康と繁栄を願います。3日とか7日とか、正式に何日かは分かりませんが、しばらくの間、この糸は手首から外してはいけないのが決まり。まぁ、巻かれるのは嬉しいことでもあります。このマット・ケーンは 体内にある魂(クワン)を体内にとどめて幸せが続きますようにという願いがこめられてるらしい。

 それが終われば、あとは飲んで食べて 歌う、踊る・・・ いつまでつづくのやら・・・ なのですが、お酒の入るので、みんなで飲み会といった感じになります。 これまで経験してきた通りの 焼き魚やつけ麺、そしてビールと定番通りの品が出てきます。

 今回もラオス文化を感じられるバーシーでした。

小学校活動報告43

2013年3月5日(火)

 サラワン県ナレック小での活動も無事に終了しました。先日 県教育委員会と郡教育委員会にも終了の挨拶に行き、本当に終わってしまうんだなぁと、寂しく感じました。

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 まずは県教育局へ活動終了の挨拶。(左) 続いて郡教育局へ挨拶(右)。 特に、郡教育局の方々には、着任時に学校が雨季休みだったこともあり、最初の1か月はとてもお世話になりました。学校が始まると、一か月に1回行くか行かないかといった場所になってしまいましたが、自分にとっては、大家さんと学校以外の頼れる場所でした。

 そして、少しづつ進めてきた活動報告の作成も無事終了しました。
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 児童にとって「黒板の文字をノートに写すこと」が学ぶというイメージがあり、「考える」という活動が貧弱だと気付いた着任当初。
スモールステップと繰り返し学習によって、「分かる、分かった」を実感させたいと思いました。


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 100マス計算に取り組んだら、結果は一目瞭然でしたが、下位の子はいつまでたっても点数が上がらず、個別指導の必要性を感じました。そして、実際に授業をしてみて、子どもの反応を大切にした授業づくりの仕方を先生方に伝えました。

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 スモールステップと繰り返しに最適な計算ドリルを作成しました。ノートに考えて書くまでに、たくさんの課題に直面し、試行錯誤しながら進めていきました。

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 NPOの方と協力してパソコンを送ってもらい、先生方へのパソコン指導も行いました。今では、先生方がワードで問題や教材を作成して印刷することができるようになりました。

 活動中には多くの課題が生じましたが、大変だったというよりも、とにかく楽しかったと感じています。先生方が本当に協力的で親切であり、いつも笑顔で接してくれました。「自分はこの場所で役に立っている」といった根拠のない満足感を味わいながら活動できたのは非常に大きかったと思います。

 言葉が分からないのは確かに不便ではありましたが、逆に細かいことを気にせずできることは良かったと思います。どうしても伝えたいことは、辞書を引いて文字を書いたり、実際にやってみたりしました。先生方がだんだんと理解してくれるのが何とも楽しかったです。

 途上国ラオスの片田舎サラワン県で、人の温かさがつまった素晴らしい環境で活動ができたことに本当に感謝・感謝です。

ラオス生活のお金の記録

2013年3月4日(月)

 日本では質素倹約に生きてきたつもりですが、ラオスの片田舎サラワンでは買いたいものがなくて質素にならざるを得ませんでした。1か月間学校に行き、サラワンを出ないで生活した場合、どれくらいのお金がかかったか記録しておきます。
 
 サラワン県で1か月の生活費
1 家賃:約2万円    2LDKで水道代込み この周辺ではよい家に住んでいることになります。

2 食費:約1.2万円  1日400円程度。1日3食、米と野菜中心の生活でした。

3 通信費:約1000円  インターネット、電話代。 インターネットはよく途切れていましたがほぼ毎日使っていました。ラオスの片
田舎に住んでいても、日本の情報が入ってきますが、これが良かったのか悪かったのか・・・ただ、メールはよく使っていたので、連絡をするには必需品でした。

4 電気・ガスボンベ代:約600円 電気代400円、あとガスボンベを使っている家庭はこの辺りでは少ないのです。

 ということで、1か月3万5千円くらいで生活しています。サラワン県は1日100円(ということは月3000円)で生活している人が50%くらいということを考えると、贅沢な生活をしています。そして先生方の給料が6000~10000円くらいと考えると申し訳ないです。

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朝食で食べる 「サラワンパン」(左) と 「フランスパン」(右) 

 まぁ、これに加えて 首都でおいしいものを食べたり、海外旅行したりしているので、やはり現地の人にはなりきれなかったと思います。本当にここに住むなら、車と全自動洗濯機、電子レンジを買いたい、医療保険(あるかな・・・)に入りたいと思います。
 
 買いたいものも特になかったサラワン生活ですが、ここに住んでみると、お金では買えない「贅沢な時間」や「人の温かさ」を感じることができ「心の余裕」が生まれました。


 

ラオス生活での病気の記録

2013年3月3日(日)

 ラオスで生活してきて、環境が変われば体調も変わるもんだなぁと感じることもありました。ということで、ラオスで1年9か月程生活して 自分の健康について整理しておこうと思います。

 まずは 病気に備えて、狂犬病や破傷風、肝炎などの予防接種を受けてラオスに入国しています。日本ではお菓子をよく食べていたのですが、ラオスに来てからはお菓子は減ってドラゴンフルーツやマンゴーといった果物をよく食べるようになりました。魚や肉を食べる機会は減り、野菜中心の生活をしています。とは言え、首都のビエンチャンや海外に行ったときは肉・ピザ・ケーキとたらふくおいしいものを食べました。あと、お米がおいしいので炭水化物が多くなった気がします。

 さてさて、病気の記録ですが、大きな病気はありませんでしたが、ちょこちょこと体調を崩していました。
1 サラワン県に着て 1週間ほど発熱。(日本で熱をだしても、2日もすれば熱は引いたのに、ラオスでは熱が下がらないので不思議な気分でした。
2 冷たい水を飲みすぎて胃を悪くする。(原因が分かっていたので、気を付けるようにしましたが、時々やらかしていました)
3 耳の調子が悪くなる、緑色の便が出る、いつもと違う匂いの尿が出る どれも2・3日で治ったので問題はないかと思います。
4 ドライアイがひどくなる。(太陽光というより、パソコンの見すぎもあったかと思います)
5 心臓に痛みを感じる。(タイの病院に入院しましたが、ストレスらしい… 特に問題なし) といってもほとんどストレスは感じていなかったのですがね。

 とありましたが、振り返れば 「まぁ、こんなもんか」といったところです。ただし、ラオスの片田舎、信頼できる病院はないので、擦り傷一つでもちょっとドキドキします(破傷風とか)、2匹の番犬とは狂犬病にかかっていないか心配しながらも、楽しくスキンシップしていました。

 蚊に刺されることは何度かありましたが、デング熱にかかることなく過ごせました。デング熱にかかる仲間もいたので、運もあったかもしれません。

 そういえば・・・持病の花粉症は なぜか出ませんでした。イネ科の花粉症なのに・・・お米いっぱいのラオスなのに。 相変らずだったのは 頭のかゆみ(脂漏性湿疹) 薬を持っていかなかったのでとにかく清潔にしてはいましたが・・・ん~環境には影響されず。
 
 体重は、-3kg~現状維持。甘いお菓子がない世界はいいですね。(というか、ラオスのお菓子は甘すぎて口に合わない)でも、無性にシュークリームが食べたくなることが何度もあります。そういえば、運動はほとんどしていません。

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左はサラワンでの寝室、右はビエンチャンのドミトリーベッド。どちらも 硬すぎるマットです。慣れてしまったのですが、やはり心地よいベッドマットが恋しい。

 時間に余裕があり、規則正しい生活ができました。大きなストレスなく生活できたのが健康に良かったのかと思います。医療体制が整っていないので、ここで老後を迎えるのは怖いですが、若いときにこんな片田舎でスローライフが送れたことは幸せです。 

 

ラオス人が使う旅行バック

2013年3月2日(土)

 帰国に向けて、着々と荷物を整理しているわけですが、飛行機に乗せる荷物はスーツケースに入れていきます。日本を発つときに2つの大きなスーツケースを準備しましたが、帰国では、郵便局で荷物を送ることもしています。やはり行きより帰りの方が荷物は増えるものですね。

 さてさて、ほとんど旅行をしないラオス人ですが、ちょっとお隣タイまで、首都ビエンチャンまでなんて行くときには、スーツケースではなく、写真のような荷物入れを使っています。

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 模様柄物もあれば、このようなアニメものの荷物入れもあります。これとにかく安いです。(500円したかなぁ・・・)
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 ファスナーで開け閉め、自分が持っているものは、43×48×23(cm)です。ビニール製なので雨にぬれても大丈夫。


 初めて見たとき、「わぁ~、なんておしゃれかばんだ~」なんて思うことなく、手に入れることなど考えもしなかったのに・・・ タイでドラえもんのバックを購入し、お土産いっぱいにしてラオスに戻ったことがあります。故郷サラワンでは、何とも言えない柄ばかりで手を出さなかったのですが・・・

 このバック、折りたためるのが一番の利点です。また、バス移動の際には車体の下のトランクに入れたり、バス頭上に括り付けたりするので高価なスーツケースよりも安価なこのバックの方が盗まれにくいということもあります。まぁ、現地の人のバックと思われますからね。

 ビエンチャンの空港で飛行機の荷物待ちをしていると、こんなバックもベルトコンベアから流れてきます。そうそう、一度3時間ほどのバスに乗ったときに、バス下のトランクに荷物を入れたら、油汚れが付着していました。バストランクには、ブタだって入るほどですから、汚くなって戻ってくることも。そう思うと、やはりビニール製のこのバックは最強かもしれません。

 きっと日本でも流行る・・・いや50年ほど前に流行っていたいたのかな~。

図書館かな~

2013年3月1日(金)

 首都ビエンチャンにいると、ホテルやショッピングセンターの建設が至る所で見られ、経済発展を実感するものですが、サラワン県にいると、毎日のどかで、時間が止まっているかのような気がします。

 とは言え、家の新築・改築は至る所で見られます。それは・・・日本と違ってゆっくり、のんびり作っているからでしょう。「まだ、建設してたんだ~」なんて思うことも結構あります。その他には、この1年は県内最大であろうサラワン市場の改修が延々と続いている状況です。

 そして、知らぬ間に 学校のお隣の区画に新しい建物が登場。公共施設らしき建物だなぁと思っていました。

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 先生に聞くと、図書館みたいのができるらしいよ~ と教えてくれました。

 以前は 社会主義国であるこの国は、国民が知識力を高めて教養のある国民になり、国に反乱を起こさないようにしている といったことを聞いたことがあります。 過去の話ですかね。

 本を読めるのが当たり前すぎてありがたみさえ感じなくなっている自分ですが、こういった国の田舎町で過ごしていると本のありがたみを感じます。そんな自分も1か月に2冊ほど読む習慣がつきました。(もちろん日本語の本で、日本人の友達から借りるなどしています。) 

 時間がゆっくり流れるラオスの田舎町。読書には最適な場所かもしれません。

CCC(ラオスの児童館)…子ども文化センターにて

2013年2月28日(木)

 ラオスにも日本の児童館のようなものがあります。近隣の児童が週末に集まって、勉強したり遊んだりしているようです。


 楽器を弾く子どもたち。

 楽器の演奏にあわせて、女の子が踊っていました。ラオスの女の子は踊るのが得意なようですね。手をしなやかに動かす動作が多く、妖艶さも感じます。中には男の子も踊るのですが、なんとなく女の子の楽しみといった感じです。

 CCC(子ども文化センター)は各県にあり、それなりに充実しています。

たくさん買ってしまった布・・・

2013年2月27日(水)

 この1年半でラオスの布を何枚か買いました。

布
 それぞれの民族の特徴が布にあらわれています。模様や色、そしてビーズをあしらった布・・・模様から部族の特徴が分かるようです。布を織る織機も地域で違うようで、移住生活の文化をもつ部族は持ち運びが便利な織機だったり、布の繊維に合わせた織機であったりするようです。

 集めて写真撮ってみたんだけど、さてさて、どうしましょう・・・ とくに何か縫うということもしないしなぁ。
 ラオス各地を旅して、みんなが買うから買ってみようかなぁと安易な思い出購入したわけですが、やはり自分の興味がわいたら買うのが一番ですね。 でないと、価値も分からないし・・・

 模様一つ一つには
 ラオスを紹介するときにはきっと役には立ちますが、ず~っと押し入れの中かも。

 

小学校活動報告43

2013年2月26日(火)

 6月に学校にパソコンが来て、台数を増やして一人一台持てるようになり、さらにはプリンターを購入しました。この期間に、先生たちにパソコンの使い方を教えてきましたが、ようやく、若い先生たちが、自分だけでパソコンを使って資料を作り、印刷できるようになりました。

活動報告43-2
 1年生の先生がテストを作成して印刷していました。だいぶ 手慣れたものです。

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 一番若い英語の先生は アルファベットカードを作成していました。この先生は飲み込みが早く、他の先生にもいろいろを教えていました。やっぱり若いときにいろいろとチャレンジすることが必要と実感。

 ここまで6か月、活動期間が実質15か月(夏休みや研修期間を除く)と考えると、活動の40%ほどの期間はパソコン指導に費やしていたようです。NPOの山口さんに出会ってから、配送相談と計画、ラオス語変換やウイルス対策、インストール、配線工事、プリンターの購入計画、防犯対策、そして先生方への指導… やらねばならないことはたくさんありましたが楽しく活動できました。

 こうやって、先生方が使用してラオスの子どもたちの役に立っていると思うと嬉しくなってきます。そして、日本人やラオス人に助けられて、形に見える1歩が踏み出せたことに感謝、感謝です。片田舎での地道な努力でしたが、人とのつながりってすごいなぁと感じた瞬間でした。
プロフィール

ganchan

Author:ganchan
2年間ほどラオスで自分磨きしてきました。楽しかったこと、驚いたこと、大変だったこといろいろありましたが、きっと成長して帰国できたと思います。
 ラオスの話と近隣諸国の「癒し旅行」と合わせて。

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