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日本を思い出すシェンクワン県

2012年7月22日(日)

 気候、景色、そして顔立ちが日本と似ているシェンクワン県。旅をしてきて、どこか心が落ち着くのも、日本らしさを感じたからだろうな~と。

 南部地域のようなヤシの木も少ない。また、南部地域は田んぼがあっても、その中に木が残っていたりするんだけど、シェンクワンは木なんてなく、田んぼ一色だったりする。広大な棚田を見ながら、昔の日本へタイムスリップしたかのような気分にしてくれます。
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 すばらしい棚田の景色。心癒されます。でも、不発弾の恐怖におびえながら田んぼをつくるんだろうと思うとちょっぴり切なくもなります。

 シェンクワンのどこの観光地にいっても不発弾などの負の遺産を感じましたが、それでも心が落ち着くのは、豊かできれいな自然の景色が見られたからだと思います。
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 人が少ないためか、ゴミが落ちていない印象を受けるシェンクワン県。

 首都ビエンチャンのような勢いはない、世界遺産ルアンパバーンのような華やかさもないけど、シェンクワンには心落ち着く居心地の良さがありました。

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 素晴らしい景色を見つけるとなぜかみんなでジャンプしたがる仲間たちでした。
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南部よりさっぱりしています。

2012年7月21日(土)

 ラオス北部はラオス南部と比べて、味が薄味でさっぱりしている感じがします。南部はどうもパデックや唐辛子、そして「味の○○」をたくさん入れるので、どれも同じ味になってしまうんです…

 シェンクワン県では「マツタケ」が取れるんです。ということで、マツタケスープを食べました。ん~、マツタケの匂い、ありません。あ~、キノコの匂いってとこですかね。やはり日本人が求めるマツタケとは違うようです。でも完食しました~。
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 南部とは違う料理の味。マツタケは朝市で売っているとか。

 麺類は太麺や細麺がありますが、日本人が好きなのは細麺ではないかと思います。どこのお店もスープがあっさりしていました。その他にも、お米がおいしいと言われています。

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 こちらが太麺。

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 こちらが細麺。 

 この町にも西欧人が観光で訪れます。そんな影響も受けながら、地元の味を生かしつつ、おいしい料理屋が増えていってほしいもんです。

シェンクワン県で温泉に入りました!

2012年7月20日(金)

 日本を1年も離れると恋しくなってくるのは温泉、バスタブ付の家も少ないので、この国で湯につかってのんびりすることはありません。

 シェンクワンにはなんと「天然温泉」があるんです。ナムホーン・リゾートと言って、郡が管理する温泉施設。ラオスで温泉なんて、ハイテンションになります。

 この温泉施設、レストランやゲストハウス・休憩所も設置されていて、木々の手入れもされています。ラオスの中では、頑張った方だと思います。(料理が出てくるのがとても遅かったんだけどね…)

 道から歩いて200m奥に進むと、大きな源泉池がありました。直径20mはありそうです。なんとも神秘的な色をしている森の中の温泉です。こんなところで、温かい湯につかりながら森林浴なんて最高だろうと妄想にふけりながら、しばらく眺めていました。源泉温度は45度だそうで、その気になれば入れそうな気がしますが入れません。ん~、これは温泉施設に期待膨らみました。
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 この源泉池は木々と草に囲まれて入ることはできません、水路からお湯に触れることができます。

 人間が入れる温泉施設へゴー!広い湯船でゆったり気分を味わう準備満タン。歩いてたどり着いたところは… え~、まずは個室トイレに入れということでしょうかね… 長屋スタイルの建物にたくさんドアがついてまして…

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 ん~、この長屋スタイルは…まさか… 右写真はレストラン近くにある温泉(お湯はまだ入っていません。)

 ドアを開けると… なんじゃこりゃ~。ですわ。ありましたよ、個室温泉。日本だと個室温泉なんてなんて贅沢な話 となるのですが、きっとラオスでも贅沢なんでしょうね。シャワーはない、窓もないから景色も見れない、むき出しの壁、どこにでもある古くて狭いバスタブ。日本からの観光客だったら怒られていることでしょう(笑)。おもわず、ずっこけてしまいそうになった温泉でした。

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 あ~ やっちゃった~って感じでした。タオルの貸し出しと石鹸サービスはあるのですが…いまいち。

 とは言っても、久しぶりの温泉。入ってみれば幸せ気分。やっぱりお湯につかるのは気持ちいいもんです。

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 左写真はレストラン。右写真は、もう一つ小さな源泉があるということで言って来ました。が…いかなくてもいい場所です。

 シェンクワンにはもう一つ温泉があるのですが、ここは雨期に水没する川沿いの小さな温泉、ここもなかなか厳しい温泉らしいです。

ジャール平原 2

2012年7月19日(木)

 のんびり観光のジャール平原ですが、ここにもあの戦争の傷跡があります。

 まずは至る所にある「MAG」の標識。色がついている方側はまだ完全に不発弾処理ができていないところ、を表します。だから、白色側ともう一つの標識の白色側に挟まれた場所しか歩いてはいけないのです。あ~うっかり見過ごしてしまうと「ドカーン」ともなりかねません。怖い観光地です。そうはいっても、だいたいの場所は自由に歩けるので心配なく…

 次に見たのは、溝を掘ったような場所。これは、敵が攻めてくるときに溝に入って敵を待ち伏せて銃を撃つ場所。つまり塹壕ですね。草も生えてめっきり塹壕らしさはありませんが、こんなところでも戦争が激しかったのかと思うとぞっとしました。
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右写真:この標識の左側にはまだ不発弾があるかもしれない区域、歩くのは右側のみとなる。そして、左写真は赤色で囲んだところが塹壕地帯

 そして、ここにもたくさんの爆弾が落とされました。平原には円形の窪地をいくつか見ることができます。この窪地は爆弾によってできたもの。直径8mほどの爆弾窪地、内戦時代は、遺跡もなにも関係なかったんでしょうね。
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 さらに、サイト1にある洞窟にも。この洞窟の天井には3つの穴があいています。何も知らないで、穴から光が入るのがきれいだなと思っていたのですが、まさか爆弾で開いた穴とは… アメリカも徹底して空爆したのがわかりました。
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 写真では見えないけど、もう一つ穴があいている。小さな洞窟だが、ここもジャール平原の見どころの一つ。

 観光地としてのジャール平原、でも、戦地としてのもう一つのジャール平原も知ることができました。勉強になった観光でもありました。

ジャール平原 1

2012年7月18日(水)

 シェンクワン県の一番の見どころは何と言っても「ジャール平原」。広大な平原の中に古代につくられた大きな壺がいくつも転がっています。ジャールの「ジャー」は「壺」も意味、昔から壺のある平原として有名だったんでしょうね。もし、ラオスで次に世界遺産になるとすれば、この「ジャール平原」だと言われています。

 中心地ポーンサワンから8km西へ、サイト1へ車をチャーターして行ってきました。自転車で来ていた西欧人もいました。

 入場チケットを買って、少し丘を登ると、広大なシェンクワン平原に出会えます。なんとも景色のよいところ、そして「どど~ん」とした風格で出迎えてくれる大壺たち。なんで、こんなところに、こんな壺を…と思うでしょうが、いろんな説があります。

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 もっとも大きな壺は、高さ3.25m、直径3m、重さ6トン サイト1には331個の壺があります。これが最も大きな壺ね。

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 あまりにきれいな景色だったので、みんなで記念写真、そして壺に向かってジャンプ!!ちなみに、壺の中には入ってはいけません。 
 
 一番有力なのは石棺説。お墓ですね。その他にも、酒壺説、米壺説などもあります。自分としては、日本の古墳と同じようなイメージじゃないかなと思っています。小高い丘には大きな壺、これは権力者の石棺、そして、少し下るとそこには、いくつかの壺があります。これも権力者(ただし少し下級)なんて思ったりもします。

 壺の中をのぞくと、まぁ草が生えていたり、水瓶になっていてメダカが泳いでいたりと様々です。

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 壺の中の様子。そして、周りの景色。

 石壺エリアはシェンクワン県に60か所以上あり、1000個以上の壺があるとか。壺のなぞは解き明かされそうにもありませんが、なんとも不思議な場所です。

 ゆっくり散歩してみたサイト1、壺を見るのと同時にのどかで広大な平原を見ながら、のんびり感を満喫しました。

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 ミステリアスなジャール平原。でも、北部の山岳地帯、南部の平野・盆地地帯にはない、広大な平原地帯はとても新鮮でのどかで、心穏やかになります。

マルベリーズ 2

2012年7月17日(火)

 桑の葉を使って繭を作り、シルクを作る「マルベリーズ工場」。次は、繭から糸を紡ぐ過程、そして、染める作業や布を織る作業を見学してきました。

 繭から糸を紡ぐ作業では、機械で紡ぐほかに、手作業で紡ぐ作業も見られました。熱い湯の中に繭をいれて柔らかくして紡ぎ、さらにその糸を集めて太くしていく作業、延々と続く単純作業でしたが、実際にやってみると結構難しかったりするんです。糸を紡ぐのが結構時間がかかるんだと分かりました。
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 糸をつむぐラオス人女性とその子ども。なんともほほえましい。

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 こんな感じで糸を紡んでいました。ちょっと自分も挑戦。ラオス人に比べてとてもゆっくりになってしまった。

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 タイから輸入した機械、そして役目を終えた繭たち。

 染色作業を見た後は、機織り機で布を織る作業。これが、一見単純作業に見えるんですが、模様を作って行く作業はなんとも複雑、どれだけ見ていても編みこみ方がわかりません。これは、熟練の技術が必要だと実感。友達が
「シルク製品を値引き交渉するのは、ちょっと気がひけてきたわ~。」と言っていたのが印象的でした。

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 複雑な模様を編む女性。少しずつしか進んでいきません。そりゃ~、そうだろうね。一日にどれくらい作れるのだろうか…

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 右写真は染色した糸を乾かしている様子。染色用の木々も栽培しています。

 マルベリーズ」はラオス人の収入(特に女性)が増えることを目的に作られたハンディクラフトの会社周辺の村々とも関係を築いて、着実に地域の人たちに貢献しているのがわかりました。

 「ラオス人は働かない」というイメージがありましたが、環境を整えていけば、ラオスでも立派な会社ができるんだと実感。(ラオス人の女性は男性よりよく働くことが大きいのかもしれませんが…)どんどん成長していってほしいものです。

マルベリーズ 1

2012年7月16日(月)

 シェンクワン観光地「マルベリーズ工場」へ行ってきました。中心地から車で15分ほど。マルベリーズは「桑」という意味なんだけど、ここでは、桑を栽培して蚕を飼育してシルクを作ったり、お茶として生産したりしています。

 生産されたシルク製品やお茶などは、首都ビエンチャンや世界遺産都市ルアンパバーンの専門店で販売しています。海外からも注目されている企業です。

 マルベリーズ工場の景色はまさに北海道。広々とした丘・涼しい気候、景色を見ているだけでも癒されます。ラオスでは珍しく、ゴミも落ちていません。
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 広い広い桑畑。従業員に案内してもらいました。

 この広い土地の17ヘクタール(1ヘクタール=10,000㎡)に桑の葉が植えられています。

 桑はきれいに植えられていて、季節によっては桑畑を気持ちよく散歩できます。雨期は残念ながら雑草が多くて散歩は無理ですがね。

 さて、この桑畑の隣には養蚕場があります。桑の葉を食べる蚕の幼虫や、繭、産卵した成虫などを見学。シルク
のできる過程を教えてもらいました。幼虫の桑の葉を食べる音も聞きたり、実際に繭を触ってみたりと勉強になりました。
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中心地 ポーンサワンでも。

2012年7月15日(日)

 シェンクワン県の中心地「ポーンサワン」。ラオスの町の中では道路が広く広々とした町という印象を受けました。そして、ラオスにしては涼しく、長袖を着てちょうどよいくらいの気候でした。

 さて、この町でも至る所にクラスター爆弾の殻筒が置いてあります。

 ほぼ毎日通ったクレーターズレストランの入り口には飾りとしていくつかのクラスター爆弾の筒がありました。なんとも不気味な光景ですが、西欧人に人気のレストランでした。WIFIも入るお店で、料理の味も西欧人向けになっていてよかったです。

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 MAGの向かい側にある「クレーターレストラン」。クラスター爆弾の筒がよく目立っています。オーナーはベトナム人

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 右写真は、ポーンサワンの中心地。一本の大通りの両側にお店が立ち並んでいます。

そして、泊まったゲストハウスや観光局にもクラスター爆弾の筒が並べてありました。この町は、決して「不発弾を観光シンボル」にしているわけではありません。でも、大きな鉄の塊は何かに使えるということで、処理せずこうやって放置してあるのかもしれません。

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戦争の跡が当たり前のように見ることができるシェンクワン、きっと人々の心の中には当たり前のように、戦争の悲しい思い出があるのだろうと思います。

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 ポーンサワン市内の市場。左写真はモン族の民族衣装。

少数民族 モン族 3

2012年7月14日(土)

 ミニバンを借りてモン族の村へ行ってきました。「モン族は確かに日本人に似ている。」というのがよくわかりました。確かに中国から南下してきた民族というのが理解できます。

 大人も子どもも、ちょっと恥ずかしがり屋、でも優しさあふれる人たちでした。

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 なんとも素朴でかわいらしいモン族の子どもたち。
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 むらのおばぁちゃん そして 村の様子

 村をまわると、電気こそあるものの、どの家も粗末な住居、泥だらけになる道、自給自足で経済的に貧しいのが伝わってきました。でも、子どもたちが楽しそうに自転車で仲良く遊んでいる姿が印象的でした。

 大人がほとんどいなかったのは、集団で畑作業にでも行ったのでしょうか…

 ここにもたくさんの処理された不発弾があり、使用済みのクラスター爆弾が住居の柱などに使われていました。こうした村では、処理された不発弾をスプーンなどに加工して商品にしています。観光客からすれば「不発弾から作られたスプーン」として価値が高いのですが、モン族の人たちにとっては、容易に鉄が入らず、日常使うスプーンとして作っています。

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クラスター発弾の筒で作られた住居の脚 
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 村にとって不発弾は資金稼ぎ、家をつくる材料となっています。

 子どもたちにラオス語で声をかけるんだけど、わかってくれません。この子たちは「モン族の言葉」を話すのです。公用語のラオス語はまだ十分理解していません。

 ラオスの学校は「ラオス語」で教えるのが基本、モン族と言えども学校の授業は「ラオス語」そして、先生はモン族を話せないラーオ族の先生という実態もあります。モン族にとっては厳しい実情。少数民族にも配慮した国づくりがラオスで必要とされています。

少数民族 モン族 2

2012年7月13日(金)

 昨日の続き、モン族のお話。モン族には「悲劇のモン族」と言われる話がある。

 7月7、8日に書いたブログ記事の通り、ラオスでは1960年代、70年代にアメリカやベトナムなども大きく加担した内戦で多くのラオス人が亡くなりました。

 この内戦、アメリカ軍はラオスの共産化をねらう「北ベトナム軍」や「パテートラオ」を倒すために、モン族をアメリカの軍隊に組み込みました。(モン族には高額の報酬を払ってます。)モン族は、高地に住んでいるので、山岳地帯でも機敏に動くことができます。だから、北ベトナムやパテートラオが山岳地帯を進むのを阻止できると考えられました。

 ラオスでアメリカが戦争をしているのは、秘密にしておきたかったので、モン族が戦争の最前線に送られた のです。そして悲劇は始まります。

 ①パテートラオに味方するモン族もいたので、モン族同士の殺し合いになってしまった。

 ②アメリカはこの戦争で負けて、モン族を見捨てて軍隊を引き揚げた。武器のないモン族部隊はことごとく殺された。
 
 ③アメリカの味方をしたモン族はベトナム軍やパテートラオから戦争が終わっても攻撃を受けた。

 箇条書きすると、なんか悲劇が伝わりにくいんですね…

 戦争が終わるまでに3万人ものモン族が亡くなりました。このころのモン族は16万人6人に1人が亡くなっていることがわかります。

 モン族はお隣の国「タイ」へ逃げて難民キャンプで生活した人も多くいます。そして、アメリカへ移住するモン族も出てきました。

 現在のラオスは「モン族」も共存していますが、モン族はラーオ族にとても気を遣うという話があります。モン族出身でも政治家として活躍している方もいるので、大部分を占めるラーオ族によるあからさまな差別はありませんが、本当のところはどうなのか、もう少し実態を知りたいなと思いました。

 そして、現在もシェンクワン県あたりでは、反政府軍(反パテートラオ)としてゲリラ活動をしています。(だから、シェンクワンはバスで行くのは危険なんです。)
プロフィール

ganchan

Author:ganchan
2年間ほどラオスで自分磨きしてきました。楽しかったこと、驚いたこと、大変だったこといろいろありましたが、きっと成長して帰国できたと思います。ラオスで毎日ブログを書くことはできませんでしたので、気が向いたときに少しづつ思い出して書き加えていきます。
 ラオスの話と近隣諸国の「癒し旅行」と合わせて。

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