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少数民族 モン族 2

2012年7月13日(金)

 昨日の続き、モン族のお話。モン族には「悲劇のモン族」と言われる話がある。

 7月7、8日に書いたブログ記事の通り、ラオスでは1960年代、70年代にアメリカやベトナムなども大きく加担した内戦で多くのラオス人が亡くなりました。

 この内戦、アメリカ軍はラオスの共産化をねらう「北ベトナム軍」や「パテートラオ」を倒すために、モン族をアメリカの軍隊に組み込みました。(モン族には高額の報酬を払ってます。)モン族は、高地に住んでいるので、山岳地帯でも機敏に動くことができます。だから、北ベトナムやパテートラオが山岳地帯を進むのを阻止できると考えられました。

 ラオスでアメリカが戦争をしているのは、秘密にしておきたかったので、モン族が戦争の最前線に送られた のです。そして悲劇は始まります。

 ①パテートラオに味方するモン族もいたので、モン族同士の殺し合いになってしまった。

 ②アメリカはこの戦争で負けて、モン族を見捨てて軍隊を引き揚げた。武器のないモン族部隊はことごとく殺された。
 
 ③アメリカの味方をしたモン族はベトナム軍やパテートラオから戦争が終わっても攻撃を受けた。

 箇条書きすると、なんか悲劇が伝わりにくいんですね…

 戦争が終わるまでに3万人ものモン族が亡くなりました。このころのモン族は16万人6人に1人が亡くなっていることがわかります。

 モン族はお隣の国「タイ」へ逃げて難民キャンプで生活した人も多くいます。そして、アメリカへ移住するモン族も出てきました。

 現在のラオスは「モン族」も共存していますが、モン族はラーオ族にとても気を遣うという話があります。モン族出身でも政治家として活躍している方もいるので、大部分を占めるラーオ族によるあからさまな差別はありませんが、本当のところはどうなのか、もう少し実態を知りたいなと思いました。

 そして、現在もシェンクワン県あたりでは、反政府軍(反パテートラオ)としてゲリラ活動をしています。(だから、シェンクワンはバスで行くのは危険なんです。)
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Author:ganchan
2年間ほどラオスで自分磨きしてきました。楽しかったこと、驚いたこと、大変だったこといろいろありましたが、きっと成長して帰国できたと思います。ラオスで毎日ブログを書くことはできませんでしたので、気が向いたときに少しづつ思い出して書き加えていきます。
 ラオスの話と近隣諸国の「癒し旅行」と合わせて。

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