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ジャール平原 2

2012年7月19日(木)

 のんびり観光のジャール平原ですが、ここにもあの戦争の傷跡があります。

 まずは至る所にある「MAG」の標識。色がついている方側はまだ完全に不発弾処理ができていないところ、を表します。だから、白色側ともう一つの標識の白色側に挟まれた場所しか歩いてはいけないのです。あ~うっかり見過ごしてしまうと「ドカーン」ともなりかねません。怖い観光地です。そうはいっても、だいたいの場所は自由に歩けるので心配なく…

 次に見たのは、溝を掘ったような場所。これは、敵が攻めてくるときに溝に入って敵を待ち伏せて銃を撃つ場所。つまり塹壕ですね。草も生えてめっきり塹壕らしさはありませんが、こんなところでも戦争が激しかったのかと思うとぞっとしました。
IMG_2699.jpg CIMG1951.jpg
右写真:この標識の左側にはまだ不発弾があるかもしれない区域、歩くのは右側のみとなる。そして、左写真は赤色で囲んだところが塹壕地帯

 そして、ここにもたくさんの爆弾が落とされました。平原には円形の窪地をいくつか見ることができます。この窪地は爆弾によってできたもの。直径8mほどの爆弾窪地、内戦時代は、遺跡もなにも関係なかったんでしょうね。
IMG_2732.jpg

 さらに、サイト1にある洞窟にも。この洞窟の天井には3つの穴があいています。何も知らないで、穴から光が入るのがきれいだなと思っていたのですが、まさか爆弾で開いた穴とは… アメリカも徹底して空爆したのがわかりました。
CIMG0059.jpg IMG_2722.jpg
 写真では見えないけど、もう一つ穴があいている。小さな洞窟だが、ここもジャール平原の見どころの一つ。

 観光地としてのジャール平原、でも、戦地としてのもう一つのジャール平原も知ることができました。勉強になった観光でもありました。
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Author:ganchan
2年間ほどラオスで自分磨きしてきました。楽しかったこと、驚いたこと、大変だったこといろいろありましたが、きっと成長して帰国できたと思います。ラオスで毎日ブログを書くことはできませんでしたので、気が向いたときに少しづつ思い出して書き加えていきます。
 ラオスの話と近隣諸国の「癒し旅行」と合わせて。

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